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発行・ライブハウス/渋谷アピア
アコースティック情報誌 Vol.104 2005.11月号

特集/●石塚俊明NEW ALBUM「不器用な手品師」、●小池真司誌上ギャラリー「もうひとつの収穫」、●稲垣慎也「線路」、●ZAKIPPE「ZAKIPPEのpan日記」、●山崎政徳「平凡街道歩行術」、●松浦キノコ「松浦キノコの明るい悩み相談室」、●勝見一光「私が見ている風景」、●NEW ALBUM Information


PMF-122 全13曲42分 
¥2500(本体価格¥2381)
CD参加ミュージシャン
石塚俊明、ロケット・マツ、JIGEN、
勝呂和夫、中溝俊哉

「不器用な手品師」

絵画にしろ映画にしてもその多くは独自の美しい光に満ちている
CINORAMA
石塚俊明NEW ALBUM
渋谷アピア・マスター 伊東哲男(ライナーより)

  この音楽のジャンルをボクは知らない。いや、音楽であるのかどうかさへ不明だ。音という絵の具を使って描かれた絵画なのかも知れないし、記憶というスクリーンに映し出された映像なのかも知れない。物語りはあらかじめ企てられたストーリーよりも、即興の中に瞬時として現れる。それは現実よりも現実的、夢よりも虚構だ。
そして、既成のスクリーンではなくシノラマという独自のスクリーンに投影される。
 1983年に複数台のカメラを連結し同時撮影する手法を篠山紀信が試み、自らとパノラマにちなみシノラマと命名した。
 ならば石塚俊明のシノラマは複数の作家が一つのスクリーンに同時投影する生き方と言っていいだろう。そして、ある時は対話し在るときは沈黙の音と化する。それは、石塚俊明が今まで様々なジャンルの多くのアーティストと共演し育んできた居かたなのだろう。
 「不器用な手品師」という汽車に乗り込む、出発は「0番ホーム」だ。やがて汽車はゆっくりとホームを離れ未知の旅へと誘う。車窓というスクリーンに見入っていると、まるで美術館の回廊を廻るように、あるいはシネマコンプレックスの映画館で遊ぶように、新旧交えた様々な絵画や映画の一場面が見えてくる。
 すべては記憶の中に在るかのごとく、汽車は時間と空間と国境を溶かし進んで行く。車窓には様々な光に照らし出されたシーンが意表をついて浮かび上がる。曇り空の下にたたずむ異国の町並みだったり、焚き火の明かりに照らし出された日焼けした男たちの顔だったり、青空の中にはためく奇妙な模様の旗だったり、人それぞれ想起するものは異なるだろう。それぞれの生きた記憶、光の記憶の中にこそ、この「不器用な手品師」が仕込んだ種が隠されているのだ。 
  

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