発行・ライブハウス/渋谷アピア
アコースティック情報誌 Vol.123 2007.6月号

めんたいROCK詩人への道

〜番外篇@「百号大のピカソ」〜 恋川春町


 岡本太郎氏の著作に、『原色の呪文』というものがある。これは芸術・人生など、様々なことについて、岡本氏独自の熱烈な筆致で書いた珠玉のエッセイ集である。その中でも特に私が好きな一文をご紹介したいと思う。 
「これだ!全身が叫んだ。撃って来るもの、それは画面の色や線の魅力ばかりではない。その奥から精神がビリビリとこちらの全身に伝わって来る。グンと灼熱の棒を一本呑み込まされたように絵の前で突っ立ったまま私は身動き出来なかった」(『原色の呪文』岡本太郎著より)
 この一文は、パリ修行時代の岡本太郎氏がとある画廊にて、ピカソの百号大の絵を前に、魂を揺さぶられるような<戦慄>を体験した場面の描写である。岡本氏が絵画作品の前で涙を流すほどに感激したのは、これを含めて生涯にたった二度だけだったという。そしてこのときの<戦慄><感激>は、決して鑑賞者としての賛嘆の念ではなく、同じく<創作者>としての、時代的共感、世界観への共感として心が訴えかけられたのだと、岡本氏はこの本の中で語る。
 視る者としてではなく、創る者としての圧倒的な共感。
 歌い手、絵描き、詩人、それら全て芸術家だ。芸術家としてその生涯を賭けるこれらの魂は、各人それぞれに上記の岡本太郎氏のような<魂の戦慄体験>があるのではないか。各人それぞれに、<百号大のピカソ>があるのだ。それは一曲の歌であり、一幅の絵であり、一篇の詩でもあろう。
 私は私の<百号大のピカソ>に、21歳の頃遭遇した。大学で映画と哲学を学ぶ頃。それまでの10代から20代は、まるで茫洋とした現実世界の前に宙吊りにされたかのような時代。しかし決して、トランプ・カードを集めることは忘れずにいたように思う。カードはいつか必ず揃う。己の真剣勝負をするときのために、人は人生のトランプ・カードを集め続けるのだ。そしてこの時、カードが揃った。
 私は<百号大のピカソ>の前に立たされたとき、<溢れ出て来る言葉>を感じた。強烈な非現実的体験の前で、私の言葉は「非世界」と「世界」という二枚の布を縫い合わせる「糸」の役目を果たしたのだ。とても強力に、そして力強く、縫合していく糸。
 その頃、私はここ渋谷アピアに初めて訪れた。魂の中はまるで電流が流れているかのような、そんな神経質な精神に、音楽はほぼ恐怖に近い程に迫ってきた。その時、ここ渋谷アピアには、「撃って来る音楽」がやはり多く存在していた。
 2007年、あれから6年後、私は初めてこの場所に立つ。
 私自身が、誰かの<百号大のピカソ>になる番なのだ。観る者の魂を揺さぶるような表現者になるべく。私にもなれるだろうか?しかし、今、ならなければならないのだ。
 勝負は今。Now Is The Time。今こそ<その時>なのである。

APIA Summer time event
「不都合な言葉たち」
7月20日(金)
出演決定!!

手作りギター展
アピア/マスター・伊東哲男

 日本を始め海外からもギター職人たちが集まって作品を展示するというので、早速見に行った。会場は王子のホクトピア。都内では唯一の手作りギター展という。同行したのは元アピアのスタッフの筒井直裕君。どのブースでもギターを手にとって弾かせてもらえて、材質や設計の苦労やこだわり話が熱く語られていて嬉しかった。遠藤ミチロウのライブやレコーディングでお世話になっている甲府のLIVE HOUSEハーパーズミルの坂田さんも出品していて、久々の再会!! さすがライブハウスのマスターの創るギターだけあって、弾き語るには気持ちの良い音色とパワー、それとハイのリズムの躍動感とローの抜けの良さは展示会の中でも出色であった。筒井君も早速注文しましたよと笑顔。ユニークなギターもあった。ボディーに竹を張り合わせて作ったギターだ。完成度はまだまだであったが、アジアンな独特の音色は興味深い感じがした。地球温暖化が問題となり材料の木がますます入手困難となる昨今、注目すべき素材である。さらに会場を一回りして気づいたのは、どれもピカピカの音だぁ!と。毎日アピアで質はともかく使い込んだギターばかり聴いているボクには、一抹の味気なさが・・・、どんな名器も奏でる人の愛情と手によって完成するのだと。筒井君も7月には十数年ぶりにアピアに出演することになった。坂田さんのギターと共に楽しみである。

筒井君と坂田さん

ユニークな竹のギター



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