発行・ライブハウス/渋谷アピア
アコースティック情報誌 Vol.118 2007.1月号
青木研治

「シンコペーション」
青木研治 LIVE 2月8日(木)

 記憶は事実を確かめるための地図ではない。
主観で切り取った一枚の写真のようなものだ!
しかし思い出すという行為は、アルバムを開くことではない。
冷蔵庫にしまっておいた赤ワインを空にすることだ!
飲んだくれるということだ!
そして、シャッターを切る前に、
ファインダー越しにど真ん中を凛と見つめるのは、ピントを合わせるためではない。
切り取れない残りの景色に後ろ髪をひかれないようにするためだ!

パチッ!

打てば響く快音は、雰囲気にヒビを入れることだ!
そしてそれは壊すという行為ではなく
空気に根っこを張り巡らせて色とりどりの花を咲かせようとする行為だ。
ほら、見てごらんよ!
ボトルから抜き取られたばかりのコルクのように時間が深呼吸をしてるよ!
シンコペーションで緩急をつけて。
嘘じゃない!
フィルムを無駄にしたくないだけ。
だからあんたがその気になるまでは,空撃ちで十分だ!

パチッ!

そう、僕は、いつだって、意識的に瞬間を凝視しながら、無意識で、永遠を眺めている。
だから、僕たちはいつも、まばたきもせず、まっすぐによそ見しながらすれ違っていくんだ!
羽ばたくことなく、巧みに舵をとりながら、
上昇気流にまきついていて離れないトンビのように。
「to be or not to be 」締め付けるべきか?緩めるべきか?
別に、冷たいとは思わない。
もちろん、あたたかいわけでもない。
極論、人間らしくないということでもない。
それは、like a rolling stone!転がる石ようだといわれても、その情景をすっとんきょなまますっと思い描けない僕が、ありのままを受け入れながら世界を眺めようとする心から始める試みだ!
ルビをふっても読めない言葉が、まるみをもってグルーヴしているということだ!
そうさ、確かな事実は、ひらがなでもなければ、カタカナでもない。
ましてや漢字でもなければアルファベットでもないし
声でもメロディーでもない。
生きているこということだ!
だから、僕たちは、時折、反射的ではなく、感謝をこめて、握手をしたりするだろう。
そのあと、何も残らないとわかっていながら。
そして、僕は、用意周到でボジョレーヌーボーの解禁日を待ちわびるように、
太陽の光に背くことなく、月並みではあるが感情の満ち欠けを繰り返すんだ。
今週も、来週も!

淡々と、簡単に、爛々と、深々と、複雑に、禅問答。
がらんどう、段々と、混沌と、信念と紙とペンとペンダント!

ほら、もう僕が何が言いたいのか?わからないだろ?
当たり前だ!
あとの祭りなんだから、言葉なんてやつは。
たとえ、今、思いついた言葉だとしても。
たとえ、今、考えていることを言葉にしても。
たとえ、途絶えることなく、立て板に水のように言葉が溢れだしたとしても。
そんなに透明の湧き水が観たいのならば、山にでも登れ、そこの大将!
お山ではなく、マウンテンに、雨天決行で。
おそらく、その天狗の鼻のよう足はぐてんぐてん!
そう、ひらめきの速さで競い合う気なんてただの連想ゲームだ!
きらめきの長さで競うあうなんて、ただの大声コンテストだ!
ましてや、一人でコントラストのないまま思考回路の流れを解説してトランスするなんて、
まさか、フリーランスのプロレスの実況アナウンサにでもなったつもりか?
っていうか、だいたい、今更、目利きに褒められても仕方ないだろ。
それとも、自分の舌が信用できないのか?

さあ、祝杯をあげようぜ!
沈黙に耐えられない人よ。
シンコペーションで深呼吸したあとに。



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