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『独パン野郎ども、北へ』
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三上寛、チバ大三、川上テルヒサの三日間ツアー記
チバ大三
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〜三上組、結成〜
ちっちゃな個人的な事から事件は始まる。殺人事件も革命も和解も、ライブもツアーも、然り。
チバの出身地、岩手・盛岡でのライブが、決まりかけたが頓挫しかけ、その話を三上寛さんにした。「いっちょう俺も行くか!」。そして“福井の暴れ馬”川上テルヒサも運転を兼ねて参加してくれる事に。話が大きく、強くなった。おかげでどうしてもやりたかった盛岡ライブが見えて来た。この際だからと、秋田と群馬前橋でも、ライブが決まった。
さぁ北へ向けて出発!であるが…
6月9日、雨。テルヒサの愛車“マックス号”は軽自動車。 このアクの強い3人で3日間、狭い車中で移動と寝食とライブを共にする。空気が煮詰まったら…喧嘩になったら…。そんな不安を一掃してくれたのが、寛さんのフトコロ深さだ。移動中、終始、話題が尽きなかったねー。音楽話、土地土地の話、生い立ちの話、エロ話、和式便所・洋式便所とか。3人全員が、よく話せたし、理解しあった。特にテルヒサの、福井話とエロ話は冴えわたり。でもそれを“性〜生”話まで深めてくれた寛さんはさすがだったな。狭い軽自動車ってのも実は良かった。顔寄せ合って、話しやすかったからね。ソロの3人であるが、だんだん“三上組”のようになり。
群馬・前橋COOL FOOLに到着。20人くらい御客さん入れば一杯のライブ.バーだが、店内はマスターのロック大好き感で溢れていて、気合い入る。そして御客さん満員。地元のアンダーソン、桐生太郎、東京から西山正規も参加。独パンらしいブッチャケ乗りで、盛りあがりまくり。打ち上げもバカバカしく。前橋の女性は妙にセクシーだったね〜。テルヒサ、落ち着け!!
明日があるんで、俺ら三上軍は早め(でも3時頃)にマスター・サトウ氏宅で就寝。 それがまた、診療所の2階のリハビリ室、20畳はあるよなぁ〜。貴重な就寝体験。「これがツアーの醍醐味!」と、寛さんと話しつつ。各自好きなところでしばし就寝。静かだった。
〜ドラマは連鎖する〜
★6月10日。8時に前橋発。東北の空気を味わいつつ。話は尽きず。盛岡に16時半着。開運橋ジョニー!!
チバ大三にとって、この日がツアーの最大テーマだった。盛岡の高校を出てから逃げるように東京に来た俺にロックやパンクや日本のディープ歌(三上寛や)を伝えてくれたのは兄・テルヲ。以前東京で一緒にバンドも演っていたが、テルヲは10年ほど前から盛岡で母と二人暮し、パチプロしている。いままで実家に帰るたびに、テルヲの音楽・歌へのエネルギー、そして生活や母や(故)父への想いを、思った。思っても思い切れず、三十路過ぎて殴り合った事もあった。だから、また一度、音を放ち合いたいと思った。今の互いの状況を、解かるべく、越えるべく。
特に今回の盛岡イベントの主宰は、かつて高校時代にテルヲとハードコア・パンクバンドを組んでいたende君の、プログレバンド・Otaria's Bloc(K)。
そして更に、会場『ジョニー』のマスターは、1980年代に寛さんと毎年、岩手県内の飲屋を何ヶ所も廻っていた、寛さん曰く“戦友”。そんなマスターと寛さんの10年以上ぶりの再会もあり。
ドラマがどんどん連鎖する。過去と対峙するのかシンクロするか?そんな岐点は何度も来るんだろう。思いつめることはない。ライブで演れたら最高だ!
開場。御客さんがどんどんやって来る。が、妙な緊張感。
トップ、チバ大三ソロ。1曲目で足鈴が切れ、2曲目で弦が切れ、3曲目でストラップが切れた!まだまだ盛岡は俺を許しちゃくれないな。そして兄テルヲが加わり『地獄の千葉兄弟』登場。テルヲが歌&テルミン&シンバル。大三はギターと叫びを担当。実は、一度もスタジオで合わせてない。集中力と信頼だけが頼り。失敗も多かったが、どうにか成し終えた。成し終えた!怖かったが、嬉しかった。
寛さんのライブも、昨日前橋のアッパーな勢いとガラッと違って、しみじみグッサリと、マスターに響かせているようだ。聴いている俺の、かつて暮らして嫌って逃げた盛岡の一夜が、キラキラと滲んで見えた。
終了後、盛岡名物・じゃじゃ麺飲み屋で打ち上げ。こっちも沢山集まって盛り上がったねー。 夜中3時にチバ実家に泊まりに行ったら、チバ母が起きて煮物を作ってくれていて。寛さんとテルヲの話が止まらず!就寝は5時頃。
昼に起きたら、寛さんはもう起きていて、庭で、母と花談義に花咲かせ。珍しい熊谷草とエビネを分けてもらっていた。
そしてマックス号で、最後のライブ地・日本海の秋田へ出発。岩手の隣りだが、山越えだ。
〜ヤマ越えて〜
★6月11日。秋田駅前LIVE SPOT 2000
店はいわゆるライブハウス。壁真っ黒、爆音OK。リハ中、寛さんのギターのトラブル発覚。フレットの一ヶ所がビビリだしたらしい。慌てる寛さんをツアー中初めて見た。近所の楽器屋に持っていきネックを調整して回復。修理代はいらないと言われた寛さん「それじゃ悪いから弦買っちゃった」。寛さんの音への真剣さと優しさを、あらためて見たねー。
川上テルヒサ。この2日間ずーっと、ギターとの絡み方について俺と寛さんにあーだこーだ言われていたんだが、この日は違ったね!出来てなかったメリハリみたいなモノが、突然出来ていた。何かを抜けたね。
俺・チバ大三。楽しかった?!昨日の反動もあるだろうな。今まで以上に“間”がよく見えた。タメたり、微妙に突っ込んでみたり。静かに聴いている会場の“空気”が見えたような。それが“ライブな舞台”なんだなぁ。
寛さん。3日目の今日はまた違った!店の特性を生かしたディープ・メタルコア(?)凄まじかった!!寛さんは、空間、機材、状況を常に見つめて“生”だ。これぞ大御所、大ベテランの真骨頂か!
終わって打ち上げ。「P.A.の彼女のセンスが秋田を活かす!」とか話しながら、地元の競演女性2人ユニット RIRO と無理矢理な英語で盛りあがりつつ(一人はアイルランド人なのだ)、3時に主宰のymd氏宅に泊まりに。行く途中「ビール買おうぜ瓶ビール!ツマミは『ごはんですよ』だ!」という寛さんの底知れぬパワーに恐れ入りながら。
4時半頃まで寛さんと話し込み。寝たんだが、テルヒサとymd氏は、外に飲みに消えた。テルヒサの体力も恐るべし…。
翌日12日。9時には新幹線で帰るという寛さんを見送り、秋田の日本海を見に。しばしボーッと。テルヒサと、秘湯・乳頭温泉の露天混浴に浸かりに。貸し切り状態でフヤケまくって感無量。盛岡のチバ実家に戻り、焼肉と冷麺を食らい、飲み。翌日東京へ戻った。テルヒサと、密度濃過ぎな旅を振り返りながら。東京近くに来たら、雨がポツポツ降って来た。出発時以来の雨。帰ってきたんだな、主戦場に。
3人で廻った今回のツアー。各自ソロなんだが、だんだんバンドみたいな気がしてね。沢山話してたから、演奏の背景もビンビン伝わってきたしね。 柔道とかの、先鋒、次鋒、大将、のような。一蓮托生、まさに“三上組”。
寛さん、テルヒサ、マックス号、オツカレ様!!次の三上組はダンプカーで行こうか?現場の出入りみたく(笑)
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〜三上寛さんより〜
『今回のツアーの最大の見ものは、盛岡・ジョニーでの兄弟デュオ。千葉クンがこのツアーにこだわっていたのがよく分かりました。もともと兄の影響下で培ってきた彼の音楽世界の中で、想像以上に兄貴の存在は大きかったようだ。どこがどのようににと言われても困るのだが、翌日の秋田市内での水を得たサカナのような演奏で、そのことを実感。ミュージシャンはどこで化けるか分からず、その現場を目撃できた事に興奮しました。川上テルヒサの道中での完璧なフォローにも胸を熱くいたしました。ありがとう!又ヤロー!感謝。』
〜川上テルヒサより〜
『6月9日。ロックの日(笑)からスタートした東北ツアー「独パン野郎ども北へ〜」。軽自動車にギター3本.でかいバック3つ.そして三上寛さん.チバ大三さん.僕。「この先ど〜なるの?」そんな不安を吹き飛ばすのは東北の空と山。大自然。寝食を共にした3日間は「歌い」「飲み」「語る」の日々でした。そんな中.僕が学んだのは「人間が歌う」「ステージに立つ」という意識。行為。今後の自分に活かして行こうと思います。寛さん.チバさん.そして旅先でお世話になった皆様.本当に有難うございました。』
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