40周年の決断。
新たな40年に向かって!!
APIA移転決定!!

2009年7月上旬、NEW OPEN


現在の渋谷での通常営業は5月まで、6月は21日でラストライブ。さよならイヴェントを多く開催します。

新天地は目黒区碑文谷!! 渋谷より7分、最寄り駅は学芸大学。碑文谷ダイエーの直近、目黒通りと環七の交差する柿の木坂陸橋の近く!!


学芸大学駅は渋谷から4駅(急行で2駅)、東急東横線、みなとみらい線、日比谷線が乗り入れ、2012年には副都心線も乗り入れ東武東上線・西武池袋線 から池袋・新宿・渋谷を経て川崎・横浜までが一つの路線で結ばれる中間に位置する。
ちなみに東京学芸大学は46年も前に小金井市に移転しており駅名とし て残っているだけである。近くにはボート遊びも出来る碑文谷公園があり、よくTVで紹介される有名店から「昭和のなごり」を感じさせるお店までが軒を連 ね、新しさと懐かしさをかねそなえた街だ。

1970年5月この地にオープンして以来、今年5月で40年目に入る。
長かったのか早かったのか走馬燈のようにいろいろな事が思い出され実感は捕らえ どころがない。凄いスピードで駆け抜けていった青春もあれば、一進一退しながら明日を手探りする冒険者たちもいた。
ともかくオープン当時21才だった私 が61才になったのだから、40年という歳月が流れたのは確かなのだ。
渋谷の街も、新宿の歓楽街と比べて静かな若い学生の街だったが、今はすっかり様変 わりした。いい意味でも悪い意味でも、変わってしまった事もあれば、変わらぬものもある。
それにしても、老朽化した。私ではなく、アピアのビルである。

もうこれ以上は限界かと感じたのは2〜3年前から、さらに渋谷駅周辺の再開発計画が動き出した。ここに長く居られないのなら、40周年を機に移転しよ う、私のことだが、体力のあるうちにと、また現在の強力なスタッフの力を結集できる今でしかないと昨年から候補地を捜し始めた。
捜しているうちに渋谷を 離れる決意が生まれた。
アクセスが良いというだけで、高額すぎる賃料を賄うために大幅な値上げを余儀なくされ、出演者や観客に負担をかけ、ブッキングに 於いても経営主義に陥るようになるならば、渋谷へのこだわりは棄てよう。確かに渋谷は人で溢れているが、一人としてアピアの観客に流れてきた者はいない のだし。
葛藤したが、いままでの40年よりこれからの40年のために最適な場所を捜そうと。それは渋谷を離れても今より魅力ある場を生み出せるという自 信でもある。

40年前、力も才能も金もなく、思い入れだけで出来なかった事がいっぱいあった。今なら原点に戻って出来る気がするのだ。そしてそれは碑文 谷にあった。
これからの40年を航海できる船として最適な場所。
嵐の日も暗い夜も乗り越えられる新しい船造りがまもなく始まる。明日に向けて宝物を運ぶ 船だ。新しい船を動かしていくのは、私ではなく、若い船乗りたちと、アピアで活動するミュージシャンと観客であるあなたたちだ。

これからの40年は安泰 ではない。温暖化と食料危機をはじめ想像するに難しくない未曾有の困難が待ちかまえている。この船が人々にとって大きな勇気となることを祈るのみだ。

APIAマスター・伊東哲男

閉じる